酒呑地蔵尊とは


昨日の日記でご紹介した「酒呑地蔵尊」
「酒呑み」と「お地蔵様」、不思議な組合せです。

どうして「酒呑地蔵尊」が建立されたのか、その言い伝えをご紹介します。

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昔、四谷馬町(現在の四谷1~3丁目)に、中村瀬平という若者がいました。
瀬平には継母がいましたが、継母からはことあるごとにうっとうしいと思われ、いじめられていました。
そのうち、自分さえいなければよいのだと考えた瀬平は家を飛び出しました。
あちらこちらとさまよった末、やっと幡ヶ谷村(現在の渋谷区本町5丁目付近)にたどり着きました。
そして、ある農家に雇われ、村人が感心するほど働きました。

そんなある日、瀬平は村人に酒宴の席に招かれ、生まれて初めてお酒を飲みました。
瀬平はたいそう酔っ払ってしまい、家に帰る途中、小川にかかった丸太橋をふらふらと渡りかけ、川に落ちて亡くなってしまいました。
村人は、たいそう嘆き悲しみました。

ある晩のこと、村人の夢枕に瀬平が現れ、「どうかお地蔵さんを建ててください。そすれば、お酒で苦しむ人もいなくなるでしょう。」と言って、すうっと消えました。

村人は、さっそく地蔵を建立しお祀りしました。
その後、村には酒を飲んで暴れたりする者もいなくなったということです。

(参考資料「渋谷、千駄ヶ谷、代々幡地域実態調査資料」より)
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こういう言い伝えがあるそうです。

江戸時代の宝永五年(1708年)に建てられ、その後、本町5丁目の私有地にて、ある個人の方が大切にお祀りしてくださっていたのですが、この度、事情がありお祀り続けることが難しくなったために、幡ヶ谷の清岸寺にてお護りさせていただくことになりました。

本町のみなさん、幡ヶ谷のみなさん、ならびに地域の皆様、
これからも、このような歴史のある素朴なお地蔵さまを、大切に守っていける優しい町であり続けましょう。

 

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